LOGIN「日光を避けているのか? 湿地の割には根腐れしてないな」
普通、植物と言うのは日光を欲しがる。
だから陽の当たる場所へと向かって延びるものが多い。
見た感じ“肝”の部分を掘り返されて、この蔓自体の生命活動は止まっている様だ。
オルタナは持って来た採取用の小瓶に切断した蔓を入れて、公爵の元へ戻った。
「何か分かったか? オーリィ」
「この蔓は多分ですが、湿地には強く、陽の光を嫌う性質がありそうです」
「陽の光を嫌う? 植物なのに、か?」
「えぇ……まだ憶測でしかありませんが」
「いや、見ただけでそれだけの事が分かるのなら、今後も期待出来そうだ」
満足げにそう言った公爵は、オルタナの頭にポンと片手を乗せた。
温かく大きな掌に、オルタナはグッと唇を噛む。
別荘に来た初日以来、公爵が触れて来る事はなかったのに、不意打ちを食らって表情に困ったのだ。
そこにはモリガン伯爵のサインがハッキリと見て取れる。「伯爵はモリガン軍の中に裏切者がいると言う事も、モリガンを窮地に陥れようとしている輩がいる事も気付いていた。貴殿には知らされなかったようだが」 公爵は「それが自分の子息だとは伯爵もご苦労なさる」と付け加えた。 殺された六名の兵士の内二人とファージ一等兵は、モリガン伯爵の依頼の元、モリガン軍に派遣された内偵班だった。 この時やっとオルタナは理解した。 公爵はこの裏事情があったから、最初からモリガン大佐を疑っていたのだ。「何故だ……父上……何故……」「モリガン伯爵は思慮深く、領民を守る為の最善を考えて来られたのは、我々も周知の事実。この件も審議の結は王陛下に委ねると言われている」「王国の犬に成り下がったと言うのかっ……クソがっ!」「御前で聞き捨てならん暴言だな、ルアド・モリガン」「ヴィンス・サリバン……特に貴様は許さんぞ。姉上を見殺しにした悪魔め!」 そのモリガン大佐の一言に、一瞬場がざわついた。 姉上を見殺しにした悪魔――――? オルタナは予想外のモリガン大佐の言葉に、一瞬公爵を見た。 だが公爵は相変わらず微笑を浮かべ動揺すらしておらず、まさしくその姿は悪魔の様にも見えなくはない。 騒めくその場の空気が、王陛下の一言で静まり返る。「ルアド、私の目の前でまだ醜態を晒す気なら、ここでその首刎ねてやろうか」 あの温室にいた王とは別人の様に見えた。 まるで人を虫の様に見下すその視線は、普段の柔和な表情とのギャップも相まってより一層冷たく見える。「王陛下、首を刎ねるなんて優しい仕置きで宜しいのですか?」 そう口を開いたのは隣に座るラチア様で、オルタナはその言葉の意味を最初良く理解出来なかった。「この者は私の友を罪人扱いしました。もっと苦しめて差し上
モリガン大佐の豹変ぶりが鮮やか過ぎて、オルタナは呆然とした。 微塵も悪びれていない。 最初から犯人に仕立てるつもりだったのだ。 そのモリガン大佐の態度が、オルタナの心を容赦なく刺した。 まるで無罪を確信しているようなモリガン大佐の振る舞いに、公爵は終始薄い笑みを浮かべている。「陛下、証人を召喚しても宜しいでしょうか?」「あぁ、許す」 証人が用意出来たと言っていたが、オルタナはそれが誰だか知らない。 ただ、審議所に入る前に公爵からは「その場にいる全員をよく見ておけ」と言われていた。 公爵の呼びかけに応じて審議所の扉から入って来たのは、二人の男。 一人はモリガン兵の軍服を着ており、一人は明らかに貴族の風体に白いローブを纏っている。 モリガンで白いローブを纏っているのは、医に携わる者だけだ。 兵士の方は若そうだったが、一緒に入って来た貴族風の男は公爵と変わらないくらいの歳に見えた。「証人としてダリス・ファージ一等兵とモリガン軍軍医、ナタリス・サリバンに尋問する」 ナタリス・サリバン? サリバンだって? オルタナはジッとその軍医ナタリス・サリバンを食い入るように見た。 ……似てない。サリバン公爵家所縁の方だろうか。 高貴な風体ではあるけれど、彼は良く見かける青灰色の髪に深海の様なナイトブルーの眸を持っている。「ダリス・ファージ一等兵、貴殿はあの晩、殺害された兵士達と一緒に居たというのは、間違いないか?」 公爵がそう聞いた時、ここに来て初めてモリガン大佐に焦りが見えた。「間違いありません。先輩方の給仕をしておりました」「詳しく話してくれ」「はい」 ダリスと呼ばれた若い兵士は、その晩の事を順を追って話した。 彼らが楽しそうに飲食し、自分
結局、公爵は朝になっても戻らず会えたのは審議所の控室だった。 そこにはノエルやミレーと一緒にウケイもいて、まず髪を切った事に驚かれた。「オーリィ……何故、髪を?」「え……じゃ、邪魔だった……か、ら?」「そうか。顔が良く見えて悪くない。ウミユリの匂いがするな。良い香りだ」 公爵は短く切った髪を一束掬って鼻先に付ける。 青灰色の染料を作るのにウミユリが使われていたから、朝になってもその匂いが取れなかった。「ミレーに任せて正解だったな。首飾りも良く似合っている」「あ、ありがとうございます」「おん? 敬語か?」「……あ、りがと、ヴィー様」「よろしい」 相変わらず楽しそうだ。 ミレーがこちらに気付いて、ニッコリと笑う。 あの計画はまだ遂行されていないらしい。「これが終わったら、お前はその足でウケイ殿とアウルムへ向かえ。無茶はするなよ。危ない事は先生にお任せするんだ。良いな?」「うん……」「大丈夫ですよ、オルタナ。公爵様程とは言いませんが、私も腕には覚えがある方ですから」 そう言ったウケイは「時間です」と席を立った。 審議所の中は静謐な空気が流れていた。 場違いな自分の気配を隠そうとオルタナはウケイの後ろに隠れる様に立つ。 ウケイからは事前に「何があっても声を出してはならない」と言われて、よく分からずに「はい」と返事をしたが、こんな緊迫した中で喋れるわけもなかった。 審議所内は白を基調とした教会の様な雰囲気があった。 その空間には、ぞろぞろと関係のある貴族達が集まって来る。 ノエルとミレーは公爵のすぐ後ろに控えていた。 一番上座に設えられた玉座に王と王妃が揃われてから、公爵が声を上げる。「これよりモリガンでの兵士殺害についての審議を始める。この
「じゃあ、一緒に腹を括ろっか」「え?」「いやさぁ、王陛下やウケイ様にまで話持って行ってるんだよね? って事は、契約番なんてヴィー様お得意の方便じゃないかって思うのよ」「うぇ? いやでも公爵家の番ですから、王陛下に認可して貰うのは当たり前……」「それはそうだけど、ウケイ様がいる所で言ったってのが、ちょっと引っかかる……」「どういう意味ですか?」「何ていうの、あの二人って仲悪いわけじゃないんだけど、同族嫌悪? ヴィー様も好んで絡まない感じだから、割と本気だと思う」「いやでも、ウケイ先生はたまたま居ただけかも……」「いやいや、あのヴィー様よ? 言うと拙い話なら、王陛下だろうと口止めするわよ、あの人」 ミレーにそう言われたら、やりそう、と思ってしまう。「オルタナはヴィー様が本気だって分かったら、頑張れそう?」「え?」「だって、オルタナの話聞いてたら自分は好きだけど、ヴィー様がそうじゃないって風に聞こえるけど?」「いや、実際そうでしょう……?」「分かった。じゃあ、ヴィー様の執着を見せてあげましょう」 そう言ったミレーに公爵邸の応接間へと連れて行かれる。 ソファに腰かけ、半渇きの髪に香油を塗って綺麗に梳かしてくれた。「髪、短いのも似合うわ。素敵よ、オルタナ」「あ、ありがとうございます……?」 そう言ったミレーが、恭しく平たい箱を持ってソファの前に片膝をついた。 まるで騎士がプロポーズでもするかのような雰囲気を醸し出している。「ちょ、ミレーちゅっ……」「こちらを、オルタナ殿に」 急に騎士の顔になったミレーは、そう言って平たい箱を開けて見せる。 中には黒い大きな宝石の付いた首飾りが入っていた。 発情したΩが項を守る為に付ける首飾りだ。
似た様な物――――? そう聞こえた気がしたが、頭から掛けられている湯のせいで、聞き間違いかも知れない。「オルタナも、聞いていたでしょう? ノエルと私の婚約の事」「……はい」 お湯が滴っているので顔を上げられない。 オルタナはミレーがどんな表情をしているのか心配になりながらも、また水を掛ける訳にも行かないと、そのまま黙って話を聞いていた。「私、子供が産めないのよ」「……⁉」「数年前に訓練中に崖から滑り落ちて、それ以来、月の触りが来ないの」 オルタナはどう答えて良いのか分からずに、ただ黙っていた。 ノエルはその事は承知の上で婚約話を進めているのだと、ミレーは続ける。「だから、オルタナが発情しないって聞いて、不謹慎だけど仲間が出来たみたいでホッとしたわ……」 貴族同士の結婚で子供が産めないと言うのは、致命的だろう。 どんなにミレーが美しく聡明で、他が優れていても、子が産めないとなれば婚約話は白紙に戻される。「ノエルは何もかも承知の上で、騎士も止めなくて良いから、ってこの婚約話を進めてる。だけど、私は……」「ミレー中尉……」「ノエルにそんな貧乏籤を引かせるなんて、絶対に嫌なの……」「分かり……ます」 平民で、大罪人ドーラの孫で、あまつさえ自分だって罪人扱いされている身の上で、公爵の番になろうなんて厚かましいにも程がある。 自分が感じている罪悪感と重なるそれは、痛い程理解が出来た。 ミレーの想いは凄く共感出来るのに、破棄すれば良いとは言えなかった。「でも、ヴィー様は周りを固めて、強行突破しようとしてる」「ヴィー様はミレー中尉にも幸せになって欲しいんだと、思います……」「確かにノエルは嫡男ではないし、家督も継がない。それでも、自分の子供が一生見られないのは酷な話だわ」
「あの植物は熱に弱いはずなんですが、あそこは酷い湿地だから焼けない。焼けたとしても他の遺体も燃やしてしまう事になる。だから、焼かずに土を温める方法が必要だと思っているんですけど……」「つまり、匂いを抑える方法より、根絶させる方が早いって事?」「そうですね。でも、根絶するまでどのくらい時間がかかるか分からないので、匂いの被害を抑える方法も考えないと……」「でもアウルムはもうそろそろ黄金麦の収穫時期だから、暖かいはず。もしかしたら、勝手に枯れてるかもしれないわね」「黄金麦……そうか、藁を使えば……後、灰があれば……」「灰? ってあの暖炉とかの灰?」「灰は土に混ぜると土が暖かくなるんです。祖母がそうやってよく家の中で香草を育ててました。あの植物は他の植物と違って熱を嫌うみたいだから、効果があるかも」 泥地なら灰を混ぜるのは他のメリットもありそうだ。 ただ、それをどう調達するかが問題だけど。 藁は収穫後の藁を農家から譲り受ければいいけれど、暖かいアウルムで暖炉に火を入れている所はもう無いはずだ。 現地調達出来ないとなれば、持っていくしかない。 けれど、そうすると移動だけでも大掛かりになってしまう。「ミレー中尉……アウルムには国軍の駐屯地がありますよね?」「あるわね。サリバン領の中心地に」「そこで大量に灰を作って貰う事は可能でしょうか……? 兵士の方々のお風呂や調理の際に出たものでも構わないのですが……」「えぇ、出来ると思うわ。何なら、兵士にアウルム修道院まで持っていかせる事も可能じゃないかしら?」「あのっ、明日先生に聞いてみてもっ……」「わぁっ! 急に振り向かないでっ」 ビシャッとミレーの顔に染料が飛んだ。「ごごごごごごめんなさっ……」「あはははははっ……ドモリ過ぎよ、オルタナ」「あの、でもお顔にっ……」「良いの。何だか、弟が出来たみたいで楽しいわ